月1コラム

認められること≠愛されること

『認められること』と『愛されること』を混同していたことに気がつきました。

認める:存在を知覚する。受け入れる。判断する。

愛:慕う。思いこがれる。気に入る。可愛がる。大切・大事にする。

 

 

私が混同してしまったのは、家庭環境が関係している思います。

父は、他人と比較して秀でていたり、他人から善く思われる行いをしたときに褒めてくれます。

自分がどうであるかよりも、1番になったり成績が良かったり他人に挨拶ができることが大事なようでした。

 

父親が王さまのような家庭だったので、理不尽なことでも従わなければいけませんでした。

成長していくに連れ、意見を言ったり逆らったりすることもありました。
「誰の金で生活してると思ってるんだ!自分で稼いだこともないガキがよ!」と敵対視され怒鳴られます。
中学生だった私は我慢するしかありませんでした。

 

家出やグレたりすることは常識に外れる世間一般に良く思われない行為なので、父からすれば悪いことです。

父親に愛されたかったので、自分が嫌な思いをしても嫌われるような行動はなるべくしませんでした。

 

 

 

そんな父は、「えりはお父さんのことを嫌ってるけど、俺はえりのことを愛してるよ」と言うのです。

認められたい・褒められたい・嫌われたくなかったから、お父さん王のルールに合わせていただけです。

嫌われたくないし、そりゃあ愛されたい。
主張や間違いに反論すると、受け入れてもらえない。
言いなりになって良い子になれば、褒められて愛される?

従順になることは愛されることだと誤認識してしまったのかもしれません。

 

 

 

客観的な見方、正しい知識、根拠がある主張、合理的な判断に基づいたルールであれば納得して従っていたり尊敬したかもしれません。

どんな人間であるかを軽視し、一方的に自分のルールを押し付ける君主がトップだったことが問題。

母は必要とされることに喜びを感じているようで、父親の言いなりです。

核家族で母以外の大人が周りに居なかった事も、誤認識を定着させてしまった要因だと思います。

 

6才くらいのときに、家族でサーカスに行きました。
ピエロが観客と戯れるコーナーで私が選ばれてステージに立ちました。
その時の様子を「笑顔が素敵だったよ」と褒めてくれたことが、とっても嬉しくて今でも覚えています。
私はそれで良かった。それが良かったんです。

 

 

誤認識の原因を父のせい・家庭環境のせいとまとめることは適切ではないと思います。

当時の自分や、今までの人生で気づくことはできたんじゃないか。

しかし今日、気づくことができました。

 

わからないことをわからないと言える誠実さ。

主観で物事を判断しない。

真っ当な人間になりたい。

 

ABOUT ME
eri
月20本前後の映画(DVD)を観ています。 つかこうへい・山田洋次監督・岩井俊二監督作品が好き。